遊山箱の説明

 徳島県には、旧暦の節句に近い4月3日、4日に遊山箱を持って、遊山へ行く独特の風習がありました。行き先の遊山は、住む地域によって異なり、レンゲ畑、公園、神社、山、川、海岸、土手や友人宅など様々でした。
 遊山箱は木製の三段重ねの重箱を、外箱に入れて取っ手を持って下げれるようになっています。一番下の箱には巻きずし、真ん中の箱にはお煮しめ、一番上の箱にはういろうや寒天を入れていました。ひな祭りのひし餅をまねて、緑、赤、黄の三色に塗り分けられた重箱が外箱に収まっているものが多いようでした。緑色は「大地」、赤色は「心」、黄色は「太陽」を表していると言われています。
 外箱には、赤色や黒色や茶色や緑色や青色などがあり、桜模様が一番よく描かれていました。中には雀、新幹線、阿波狸、将棋の駒などが描かれている遊山箱もありました。

 江戸時代頃は、大人数用の大きな重箱でしたが、大正時代前後(1912~1926)から、子ども用の小さな重箱が登場し、男女を問わず子ども達は一人1個ずつ持ち、遊山へ行き楽しんでいました。
 しかし、生活様式の変化やプラスチックの普及により昭和40年代(1965~)に入り遊山箱は廃れていきました。
 近年、遊山箱が復活され始め、遊山箱を作る職人さんも登場し、この風習を受け継いでいく活動が行われています。
「遊山」とは、元来、春の農業を始めるのに、田の神を迎える祭りごとだったと考えられています。
 *日英版絵本『遊山箱もって』(原田印刷株式会社)に加筆。
 *江戸時代、大正時代に、この箱を遊山箱と呼んでいたかは不明なので重箱と表記してあります。
 (下記の写真のタイトルは遊山箱と記しています)

 遊山箱は阿波の木工に由来していると思われます。江戸時代の阿波蜂須賀家は御座船修理、製作の為に船大工を要していました。明治維新以後、船大工がその経験を活かして木工が盛えました。特に阿波鏡台の産地でした。昔は余った木を使って遊山箱を作っていたと言われています。金物屋さんで遊山箱が販売されていたそうです。
  1757年(江戸時代)製の重箱(取っ手付き)が現存しており、徳島木のおもちゃ美術館に展示されています。

  • 当ページに掲載の遊山箱は、管理人所有の遊山箱と、ご賛同して下さった方々の遊山箱になります。

明治時代の遊山箱

明治33年に作られた遊山箱(外箱のおとし蓋に記載あり高さ21㎝×幅113,5㎝×奥行15㎝。
茶色の遊山箱です。外箱の内側は木のままです。
家族用で内箱は4段です。箱の中は朱色で塗られています。一番下の箱が深いです。
取っ手は黒色のかまぼこ型です。
窓はなく、後ろに内箱を押し出す小さい穴があります。

ご先祖さまが物置部屋に大切に保存していた品です。
子孫の方々は何の箱がわからなかったそうですが、大切に保存し続けていました。
絵本『遊山箱もって』(原田印刷出版)を読んで、初めて、この箱が「遊山箱」であることを知ったそうです。

昔、詰められていたという「巻きずし」「寒天」「阿波ういろ」「おにしめ」「ゆでたまご」などを木で作成し詰めてあります。

明治時代と思われる遊山箱

黒色の遊山箱です(持ち主様所蔵)。高さ14㎝×幅10,5㎝×奥行19,5㎝。
外箱には、右側と左側に丸い窓があります。後ろには窓はありません。
内箱は2段です。箱の外側は朱色、内側は黒色の漆が塗られています。
下段は深くて細長い長方形の箱が1個です。上段は3個です。少し深い箱1個と浅くて小さい箱2個です。
取っ手はかまぼこ型で黒色です。

昭和21生まれの方の先代の先代(徳島市在住)の持ち物だそうです。
徳島大空襲の中、家は焼けることなく残ったので、この遊山箱も残ったそうです。
子孫の方が大切に保存し続けています。

明治時代と思われる遊山箱

黒色の蒔絵の遊山箱です(持ち主様所蔵)。高さ12,5㎝×幅12,5㎝×奥行16,5㎝。
花と葉っぱと丸の模様を金色で、前、後ろ、左右、上側と同じように描いています。
外箱は3段です。箱の外側は朱色、内側は黒色の漆が塗られています。
下段はとても深い長方形箱です。上段と真ん中の段の箱は深さが浅いです。
取っ手はシルバー色でたいらな型です。

昭和21生まれの方の先代の先代(徳島市在住)の持ち物だそうです。
徳島大空襲の中、家は焼けることなく残ったので、この遊山箱も残ったそうです。
子孫の方が大切に保存し続けています。

昭和初期の遊山箱

黒色の蒔絵の遊山箱です(持ち主様所蔵)。高さ9cm×幅9㎝×奥行11㎝。
金色でちょうちょの絵と松の葉が全体に描かれています。外箱の内側は木のままです。
前のおとし蓋には、丸い窓の上にちょうちょが二匹、下に2匹あり、同じ大きさで描いています。
後ろには、丸い窓の上に2匹、下に2匹です。大きいちょうちょと小さいちょうちょです。向きが、前のおとし蓋と違います。
右側と左側には丸い窓の上に大きいちょうちょが1匹、窓の下に3匹です。
丸い窓が4個、前と後ろ、右側と左側にあります。
内箱は3段です。箱の外側は朱色、内側は黒色の漆が塗られています。一番下の箱が少しだけ深いです。
取っ手は黒色で、四角い型です。

徳島市にお住まいの大正11年生まれの女性の方が、昭和初期の幼少の頃、この遊山箱を持って遊山へ行ったそうです。
徳島大空襲(眉山へ避難したそうです)の中、家は燃えることなく残ったので、この遊山箱は残り、娘さんが大切に保存し続けています。

遊山全盛期の遊山箱

黒色の蒔絵の遊山箱です。(持ち主様所蔵)。幅10㎝×高さ14,5㎝×奥行4,5㎝。
金色で小鼓、桜の花と花びら、松の葉が全体に描かれています。桜吹雪のような模様です。
外箱の内側も黒色の漆で塗られています。
内箱は3段です。箱の外側は黄色、赤色、緑色の3色です。内側は黒色の漆で塗られています。
一番下の黄色い箱が一番深いです。
長方形のもっこ型の窓が右と左に2個あります。箱の後ろに小さい穴はありません。
取っ手は黒色のかまぼこ型です。

<この遊山箱の持ち主様からのメッセージ>
     遊山箱は観ていた       児童文学作家 竹内紘子
 遊山箱を下げて花見見物した、などという経験はない。
「きれいに保存されていますね」と収集されているYさんが言う。
 そのはずだ。この箱の出番はほとんどなかった。
 覚えているのは、分不相応に立派な御殿作りの雛壇に飾られた「遊山箱」があったということだけだ。
 戦前、籠屋町で大きな呉服屋を営んでいた実家は、跡取り孫娘のための雛壇であったのだろう。
 私は昭和19年3月3日の生まれである。
 徳島空襲前、時折、B29なる爆撃機が空を飛んでも、まだ町には戦争の被害の無い時だった。
 戦後、実家は没落し、自身も日々の生活に追われる中で「遊山箱」が登場する場面はなかった。
 やっと孫の時代になって数度使った覚えがある。
 自分にとって「遊山箱」は実家の、また、自分の人生を静観していただけの歴史の遺物だ。

遊山全盛期に小学1,2年生頃まで(女の子)使っていた遊山箱

深紅色の遊山箱です(持ち主様所蔵)。幅10㎝×高さ13cm×12cm。
ピンク色と白色の椿の花と金色の筋が描かれています。
正方形のもっこ型の窓が左右に2個あります。後ろに内箱を出す穴はありません。
内箱は3段です。箱の外側は緑色、赤色、黄色の3色で、内側は木のままです。
取っ手はシルバー色のかまぼこ型です。

昭和21年生まれの女性の方が4,5歳から小学校1,2年生の頃まで、この遊山箱を持って眉山(徳島市)に遊山へ行ったそうです。
遊山箱が空っぽになるとおかわりをしにいくそうです。
4月3日「遊山の日」は、自分の家だけでなく、どこの家に行っても、食べ物を詰めてくれたそうです。

遊山全盛期に小学1,2年生だった(女の子)方が使っていた遊山箱

赤色の遊山箱です。高さ13,5㎝×幅11㎝×奥行16㎝。
宝船と桜の花と花びらと金色の筋が描かれています。桜の花びらは、白色とピンク色があります。外箱の内側は気のままです。
左右に長方形の「もっこ型」の窓が2個あります。
内箱は3段です。箱の外側は黄緑色、黄色、赤色の三色で、内側は木のままです。
一番下の黄緑色は深い箱になっています。
取っ手はシルバー色のかまぼこ型です。

遊山箱には巻きずし、ウサギのりんご、ゆで卵の桃の花、寒天、ネーブル、ういろなどが詰めらていたそうです。
(写真の絵はこの遊山箱を使われていた方が描いてくれました)。
お節句は旧暦の4月3日に、いつもより、よそ行の服を着せてくれて行ったそうです。
遊山は、家の周りのれんげの花が満開に咲いている田んぼへ行ったそうです。
嬉しくて、転げ回って、青い草花でお洋服を汚して叱れた記憶があるそうです。
また、お兄さん達の後をついて、近くの山を登って遊山したこともあるそうです。
4月3日は、遊山箱持って遊山へ行った思い出があふれるように詰まっている日となっています。
日英版絵本『遊山箱もって』、英語版絵本『Yusanbako』(絵・文 やまさきじゅんよ 原田印刷出版)の表紙絵のモデルになっています。

遊山全盛期に子どもだった(男の子)方が使っていた遊山箱

黒色の蒔絵の遊山箱です。高さ14,5㎝×幅11,5㎝×奥行10,5㎝。
鶴と松が金色で描かれています。外箱の内側は木のままです。
内箱は3段です。箱の外側は赤色、黄色、緑色の三色で、内側は黒色の漆で塗られています。
一番下の赤色の箱は深くなっています。
前後左右と4カ所に丸い窓があります。
取っては黒色の長方形に近い型です。
詰め物は、昔、遊山箱に詰めれていた「巻きずし」「おにしめ」「たまごやき」「寒天」などを木製で作った物です。

遊山全盛期に子どもだった(男の子)方が使っていた遊山箱

黒色の蒔絵の遊山箱です(持ち主様所蔵)。高さ14㎝×幅10,5㎝×奥行15㎝。
白色の鶴と金色で亀の甲羅が描かれています。
内箱は3段です。外側は黄色、赤色、緑色の三色で、内側は黒色の漆が塗られています。
一番下の緑色の箱は深くなっています。
丸い窓が前後左右に4個あります。
取っては黒色の長方形に近い型です。

昭和29年生まれの方が、5,6歳の頃、4歳年上のお兄さんと一緒に遊山箱を持って遊山へ行ったそうです。
石井に住んでいたので、吉野川の六条の渡し船に乗って北岸にある第十堰の水沢小屋へ遊山に行き、
きれいに咲いている桜の花を見ながら食べたそうです。
遊山箱には、「チラシ寿司(桜でんぷ、錦糸卵)」「蓮根の煮物」「ういろ」などが入っていたそうです。

遊山全盛期に子どもだった(男の子)方が使っていた遊山箱

濃い紫色の遊山箱です(持ち主様所蔵)。高さ13,5㎝×幅11㎝×奥行11,5㎝。
全体に将棋の王将の駒と竹が描かれています。
内箱は3段です。箱の外側は黄色、黄緑色、水色の3色で、内側は木のままです。
3個の箱の大きさは同じサイズです。
丸い窓が左右に2個あります。箱の後ろに取り出しようの小さい丸はありません。
取ってはシルバー色のかまぼこ型です。

昭和25年生まれの方が弟と一緒に遊山した遊山箱です。上記の鶴と亀の蒔絵の遊山箱持ち主のお兄さんです。

遊山終盤期に子どもだった(女の子)方が使っていた遊山箱

赤色の遊山箱です(持ち主様所蔵)。幅10㎝×高さ13,5㎝×14cm。
桜の花模様の扇と黄色い花などが全体に描かれています。
内箱は3段です。外側は緑色、赤色、黄色で、内側は木のままです。緑色の箱が少し深いです。
長方形のもっこ型の窓が左右に2個あります。
取っ手はシルバー色のかまぼこ型です。

小松島市の昭和35年生まれの女性の方が4,5歳の頃、もしくはもっと幼い頃から持っていたそうです。
3月3日のひな祭りに桃の花や菜の花を飾って、おひなさまの前で、遊山箱に詰められている巻きずしやうずまきういろうを
食べるのが楽しみだったそうです。
お母様とおばあ様が、わいわい言いながら巻きずしを巻いている姿を見るのも楽しく、巻きずしを巻く練習もしたそうです。
4月には、桜の花が満開に咲いている恩山寺(小松島市、第18番札所)や日の峰山(小松島市)へ遊山箱を持って、
家族や友人と持ってでかけたそうです。楽しい思い出として心に残っているそうです。

昔の遊山箱の復刻版遊山箱

1934年生まれの女性の方が子ども頃に使っていた小さい蒔絵の遊山箱の復刻版です。 高さ12,5㎝×幅9㎝×奥行9,5㎝。
この方は黒色の蒔絵の遊山箱ですが、赤色で復刻しました。漆器蔵いちかわ作。
桜の花びらと鼓の絵が金色で描かれています。
内箱は3段です。箱の外側は赤色、黄色、緑色の三色で、内側は同じ色で塗られています。
桜型の窓が左右前後に4個あります。
取っ手は黒色のかまぼこ型です。

遊山箱には卵の細巻4個と卵焼きを、お母さんが作って詰めてくれたそうです。
フェルト作成の「卵の細巻」「寒天」「ういろ」「おにしめ」などを詰めました。

現代の遊山箱

赤色の遊山箱です。ほぼ正方形です。高さ17㎝×幅15,5㎝×奥行16,5㎝。山口木工作。
全体に桜の花と花びらと蕾がピンク色で描かれています。外箱の内側も赤色です。
内箱は3段です。外側は黄色、赤色、緑色の3色で、内側は同じ色で塗られています。
3個とも箱のサイズは同じです。
丸い窓が左右に2個あります。後ろに内箱を押し出す小さい穴があります。
取っ手は黒色のかまぼこ型です。

遊山箱に詰められていたという「ちらしずし」「おにしめ」「ゆでたまご」などをフェルトで詰めました。

絵本『とくしまからきました』(絵・文 やまさきじゅんよ 郁朋社)のラスト場面に、
この遊山箱を長方形にして描いています。

現代の遊山箱

桜色の遊山箱です。ほぼ正方形です。高さ17㎝×幅15,5㎝×奥行16,5㎝。山口木工作 (山口木工様所蔵)。
全体に満開の桜の花が浮かぶような桜色です。桜の花と花びらと蕾が描かれています。外箱の内側もピンク色です。
外箱の中の3段の箱は、ひな飾りの菱餅と同じ、黄緑色、ピンク色、白色となっています。内側も同じ色で塗られています。
丸い窓が左右に2個あります。後ろに内箱を押し出す小さい穴があります。
取っ手は黒色のかまぼこ型です。

現代の藍染遊山箱

藍染の遊山箱です。ほぼ正方形です。高さ17㎝×幅15,5㎝×奥行16,5㎝。山口木工作(山口木工様所蔵)
6年あまりかけて乾燥させた檜板で製作した遊山箱を本藍染して、仕上げにウレタン塗装をしています。
本藍染は「藍染公房 こだわり」さんで、木の年輪を活かすように染めています。
阿波藍の蒅(すくも)を灰汁醗酵建てして、藍染めしています。
内箱は3段です。同じサイズの箱が3個で藍染されています。
丸い窓が左右に2個あります。後ろに内箱を押し出す小さい穴があります。

現代の藍染遊山箱

杉板で手作りした遊山箱の外箱を藍染しています。高さ15,5㎝×幅10,5㎝×奥行11㎝。
上板町にある「技の館」で藍染してもらいました。木目が残るように藍染しています。
くぎは使わず、凹凸を差し込むほぞ組で作成しています。
内箱は3段です。同じサイズの箱3個で杉板のままです。
丸窓が左右に2個あります。後ろに内箱を押し出す小さい丸があります。
取っ手は黒色のかまぼこ型です。
窓をくりぬてできた丸い杉板を、正面の扉に貼っています。もう1個はチェーンをつけて、取っ手につけています。

昔詰められていたという「細巻」「たまごやき」「おにしめ」等をフェルトで詰めてあります。

現代の木彫り遊山箱

朴(ほお)の木と栃(とち)の木を用いて製作された遊山箱を木彫りしています。ほぼ正方形です。
高さ19㎝×幅17,5㎝×奥行18㎝。
外箱は藍色の漆で塗っています。内側も藍色の漆を塗っています。
正面の扉には藍の花と葉を沈め彫り(沈め彫り)しています。横にも藍の花が一輪掘られています。
外箱の上には綱代彫り(あじよぼり)しています。 
内箱は3段です。同じサイズの箱3個です。内箱は、摺りうるし(漆を刷毛で塗り、布でふき取って乾かすという工程を何度も繰り返す伝統技法)を
施していますので食べ物を入れることができます。木の茶色が美しさを増して輝いています。
3個の箱を重ねると、正面には藍の花と葉が一輪、沈め彫りされているのがわかります。
上の蓋には、右端から横にかけて綱代彫りがあります。3段の箱の左側から後ろに掛けても綱彫りがあります。
正方形のもっこ型の窓が左右に2個あります。後ろには、内箱を出す小さい穴があります。

3段の箱に「阿波ういろ」、「クッキー」、「あられ」を詰めてみました。

現代の寄木細工遊山箱

寄木細工の遊山箱です。ほぼ正方形です。高さ17㎝×幅15,5㎝×奥行16,5㎝。山口木工作(山口木工様所蔵)。
寄木された木材を用いて製作された遊山箱です。寄木細工の模様の美しさが楽しめます。
内箱は3段です。同じサイズの寄木細工の箱が3個です。
丸い窓が左右に2個あります。後ろに内箱を押し出す小さい穴があります。
取っ手は黒色のかまぼこ型です。
「唐木(からき)」と銘木を様々な組み合わせで接合し、細工を施していく事を「寄木細工」と言います。
8つの「唐木」が組み合わさっていますので、寄木細工は幸せをもたらすと言われています。

現代の寄木細工遊山箱

寄木細工の遊山箱です。ほぼ正方形です。高さ17㎝×幅15,5㎝×奥行16,5㎝。山口木工作。
(山口木工様所蔵)
寄木された木材を用いて製作しています。[唐木」の組み合わせにより、模様も様々です。
内箱は3段です。同じサイズの寄木細工の箱が3個です。 
丸い窓が左右に2個あります。後ろに内箱を押し出す小さい穴があります。
取っ手は黒色のかまぼこ型です。
「唐木(からき)」と銘木を様々な組み合わせで接合し、細工を施していく事を「寄木細工」と言います。
8つの「唐木」が組み合わさっていますので、寄木細工は幸せをもたらすと言われています。